大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 平成8年(行ウ)2号 判決

千葉県松戸市金ヶ作一四五番地の二

原告

柳澤正毅

千葉県松戸市小根本五三番地三

被告

松戸税務署長 近藤吉輝

右指定代理人

前澤功

井上良太

古川敞

富永鐘治

上出宣雄

峰岡睦久

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対し平成六年三月二八日付けでした亡柳澤義男(以下「義男」という。)の相続開始に伴う相続税の更正処分(ただし、平成七年一二月一二日付けの裁決により一部取り消された後のもの。)のうち、課税価格一一二二万六〇〇〇円、納付すべき税額五四九万四五〇〇円を超える部分を取り消す。

二  被告が原告に対し平成六年三月二八日付けでした義男の相続開始に伴う相続税の更正処分に係る重加算税の賦課決定処分(ただし、平成六年六月三〇日付けの異議決定及び前記裁決により一部取り消された後のもの。)を取り消す。

第二事案の概要

一  前提となる事実(争いがない。)

1  課税処分等の経緯

(一) 原告は、平成二年一二月二日死亡した義男の相続人の一人である。

(二) 原告は、被告に対し、被相続人を義男とする相続(以下「本件相続」という。)により財産を取得した原告の相続税(以下「本件相続税」という。)について、別表一番号一及び二のとおり申告及び修正申告をした。

(三) 被告は、原告に対し、別表一番号三のとおり本件相続税の更正及び右更正に係る重加算税の賦課決定をした。

(四) 原告は、右各処分を不服として別表一番号四のとおり異議申立てをし、これに対して被告は別表一番号五のとおり異議決定(以下「本件異議決定」という。)をした。

(五) 原告は本件異議決定を不服として別表一番号六のとおり審査請求をし、国税不服審判所長は別表一番号七のとおり裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

2  本件相続税の課税根拠等

(一) 本件相続税の更正処分(ただし、本件裁決による一部取消後のもの。以下「本件更正処分」という。)及び重加算税の賦課決定(ただし、本件異議決定及び本件裁決による一部取消後のもの。「本件賦課決定」という。なお、本件更正処分と併せて「本件各処分」という。)が基礎とした原告に係る相続税の課税財産の課税価格の内訳は、別表二の原告欄記載のとおりであり、右課税価格を構成する土地の価額合計九億二二九〇万九七二一円には、別紙一物件目録記載一~八の各土地(以下「本件各土地」といい、個別の土地については同目録中の符号により「本件土地一」等という。)の価額合計九億一一六八万二九四三円(内訳は別表三のとおり。ただし、本件裁決によって改められた後の評価額。)が含まれている。

(二) 本件各処分の課税根拠のうち土地の価額以外の部分は別表二のとおりであり、本件各土地の価額は別表三に記載のとおりである。

3  基礎となる事実

(一) 原告は、松戸市金ヶ作に昭和四三年四月一日開設の個人立のさつき幼稚園(以下「さつき幼稚園」という。)及び同市北松戸三丁目に昭和四五年四月一日開設の個人立の北松戸さつき幼稚園(以下「北松戸さつき幼稚園」という。)について、それぞれの開設時からその設置者であった。

(二) 昭和五四年三月一九日設立の学校法人柳澤学園(以下「柳澤学園」という。)は、その設立当初から船橋市小室町に開設の小室さつき幼稚園の設置者である。

(三) 原告は、本件相続に関し、平成三年五月一二日相続人間に設立した遺産分割協議によって、本件各土地を相続することとなり、同月二四日本件各土地につき相続を原因とする所有権移転登記を経由した。

二  争点

原告は、租税特別措置法(以下「措置法」という。)七〇条一項又は相続税法一二条一項三号の規定により、本件各土地の価格は本件相続税の課税価格に算入されないものであると主張する。

1  措置法七〇条一項に基づく非課税措置(以下「本件特例」という。)の適用の有無

(一) 争いのない事実

(1) 原告は、平成三年五月一二日、柳沢学園に対し、さつき幼稚園の園舎敷地及び運動場として本件土地一~三を、北松戸さつき幼稚園の園舎敷地及び運動場として本件土地四~八をそれぞれ寄附する旨の書面(乙三の1・2)を作成し、柳沢学園は、同月二四日開催の理事会で右寄附を受け入れる旨の決議をした。原告は、同日本件各土地について、原因を同月一二日付け寄附予約、権利者を柳沢学園とする所有権移転請求権仮登記(以下「本件仮登記」という。)の登記手続をした。

(2) 原告は、同年六月一日、本件相続税の申告書(乙九)を提出した。なお、本件相続税の申告書の提出期限は同月三日である。

(3) 原告は、平成六年一月一七日、松戸市農業委員会に対し、本件土地七及び八(当時登記簿上の地目は畑であった。)に係る農地法四条一項五号の規定に基づく農地転用届出書(乙一〇の1)を提出し、同委員会はこれを受理した。

(4) 柳沢学園は、平成六年二月四日、本件各土地について原因を平成三年五月二四日寄附とする所有権移転登記を経由した。

原告は、平成六年三月二二日柳沢学園に対し、本件各土地、さつき幼稚園及び北松戸さつき幼稚園の園舎四棟並びに教育用備品(以上の評価額合計は一一億三六七二万七〇〇〇円)を寄附する旨の申込みをした。これに対し柳沢学園は、同日開催の理事会において、さつき幼稚園及び北松戸さつき幼稚園の資産及び負債を包括承継して会計処理することを決定した。

(二) 原告の主張

(1) 原告の柳沢学園の理事会が寄附(以下「本件寄附」という。)契約の成立は、柳沢学園に対する本件各土地の寄附の受入れ決議をした平成三年五月二四日である。平成六年三月二二日の寄附申込みは、本件各土地の所有権移転登記の完了に伴う寄付行為の変更認可申請のために、平成三年五月の寄附申込みを書類上追認したにすぎない。

また、本件各土地については本件仮登記を経由しているから、その遡及効により、本件寄附があったのは右仮登記のされた日である平成三年五月二四日として扱われるべきである。

(2) 原告は、本件相続税の申告書の提出期限内に措置法七〇条一項の寄附をし、期限内に提出した相続税の申告書には同項に規定されている寄附財産の明細など重要事項を記載した。その他の添付書類については右申告書の提出時もその後の税務調査時も何らの指示もなかったのであるから、軽微な添付書類の不備は追完を認めるべきである。

(3) 本件各土地は、さつき幼稚園及び北松戸さつき幼稚園の開設以来継続して幼稚園の敷地として利用されており、その用途は公益目的に反するものではなく、平成三年五月の寄附以降柳沢学園が実質的に右各幼稚園を管理運営し、その収支はすべて柳沢学園に承継された。

(三) 被告の主張

(1) 本件寄附契約の成立は、平成六年三月二二日である。

(2) 原告は、措置法施行規則二三条の四第三項に定める書類を提出していない。

(3) 仮に本件寄附が平成三年五月二四日にされたものであるとしても、この日から二年を経過した日においては、さつき幼稚園及び北松戸さつき幼稚園が本件各土地を園舎敷地として利用しており、柳沢学園の公益目的の事業の用に供されていなかった。

2  相続税法一二条一項三号(以下「本件規定」という。)の適用の有無

(一) 原告の主張

(1) 本件規定及び相続税法施行令(以下「法施行令」という。)二条一号は、本件規定に定める「公益を目的とする事業」(以下「公益事業」という。)を行う者が法施行令二条一号に定める「特別の利益」(以下「特別利益」という。)の供与を受けることを否定するものではない。個人の事業として公益事業を営む以上、事業者が正当な生活資金を得ることは許容される。

法施行令二条一号に該当する特別利益の供与とは、通常得られる利益を著しく超えた場合をいい、労働の対価や当然の報酬等の通常の利益はこれに当たらないし、義務の履行としてされる場合もこれに当たらない。

(2) 本件相続開始当時、本件土地一及び二はさつき幼稚園が園舎敷地等として使用していたが、別紙一物件目録記載九の建物(以下「本件建物」という。)は本件相続開始の時点では居宅部分を除き未完成で、本件土地三は原告が自宅の敷地として使用していた。現在は、居宅とさつき幼稚園の遊戯室及び倉庫が本件建物に併存しており、原告とその家族は昭和五四年二月から本件建物の居宅部分に居住しているが、園舎には住んでいないし、このように当初計画を変更し、本件建物の一部を居宅に用途変更することについては千葉県総務部学事課に相談し、認められていた。その上、原告の家族が本件建物の居宅部分に原告と同居し、その敷地部分を利用することは原告の扶養義務の履行によるものであるから、原告が使用していることに含まれ、かつ、右義務の履行の結果であるから、特別利益の供与に当たらない。

また、義男及び原告の妻好子が被告主張のとおり給与の支払いを受けていたことは事実であるが、義男は昭和六二年一月以降は給与その他の支給を受けていないし、好子も本件相続開始当時は全く報酬を受けていない。その上、右各給与はいずれも通常の労務の対価の範囲であるから、特別利益の供与に該当しない。

(3) 右のとおり、原告は親族に対し特別利益の供与を行っておらず、公益事業を行う者に該当するので、本件各土地について本件規定が適用される。

(4) 仮に本件建物及び本件土地三の利用が特別利益の供与に当たるとしても、これらと全く関係なく設置されている北松戸さつき幼稚園については本件規定の適用がある。

(二) 被告の主張

(1) 原告は、次のとおり、その事業に関し、被相続人である義男及び原告の親族に対して特別利益の供与を行っていたから、法施行令二条一号に該当し、同条ただし書により、本件各土地について本件規定の適用はない。

本件土地三は本件建物の敷地となっており、原告は、昭和五一年三月一三日、本件土地三をさつき幼稚園の園地に加え、本件建物全体をさつき幼稚園の用に供する旨の「園地変更(増)届」及び「園舎増築届」(乙二六の2、一六。以下「本件各届出」という。)を千葉県知事あてに提出し、本件相続開始日当時、本件土地一~三をさつき幼稚園が園舎敷地として利用する一方、原告、原告の妻好子、長女及び長男が本件建物に居住し、本件建物及び本件土地三を居住の用にも供していた。

また、義男は、北松戸さつき幼稚園から昭和五九年度及び昭和六〇年度に各六〇〇万円、昭和六一年五月に五〇万円の給与の支払を受けており、好子は、さつき幼稚園から平成三年に八七五万円、平成四年及び平成五年に各一一二〇万円の給与の支払を受けていた。

(2) 右のとおり、本件各届出により、本件土地三は届出の時点で、本件建物は昭和五二年三月の完成時からそれぞれさつき幼稚園の教育用基本財産に組み込まれたものであるところ、原告及びその家族は昭和五四年三月以降本件建物に居住し、その敷地である本件土地三を私的に利用していたものであり、また、親族を雇用し、給与を支給していたものであって、これらが特別利益の供与に該当することは明らかである。

第三判断

一  争点1について

1  証拠(甲一の1・2、四の1~8、六、乙三の1・2、四、五の1・2、六~九、一〇の1・2、一四、一五、一七、一八の1~5、二六の2)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 義男が柳沢学園にさつき幼稚園及び北松戸さつき幼稚園の各園舎敷地及び運動場合計五七一四・一m2を寄附する旨の昭和六一年三月一九日付けの二通の「寄付申込書」(甲一の1・2)が存在する。

(二) 本件土地四~八の平成三年五月二四日当時の登記簿上の地目は畑であったが、原告が本件土地七・八について農地法四条一項五号に基づき松戸市農業委員会に農地転用届書を提出したのは平成六年一月一七日で、本件土地四~八について地目変更登記がされたのはその翌日である。

本件土地一~三は義男が所有権を取得した昭和三二年一二月当時から登記簿上の地目が山林であったが、これらについても本件土地四~八と同じに本件仮登記がされ、原告から柳沢学園に所有権移転登記がされたのは平成六年二月四日である。

(三) 柳沢学園の財務計算書上、平成三年度(平成三年四月一日~平成四年三月三一日)及び平成四年度(平成四年四月一日~平成五年三月三一日)の各会計年度の資産科目に本件各土地が計上された形跡はなく、平成五年度(平成五年四月一日~平成六年三月三一日)において長期運用資産として当期増加額一一億三六七二万七〇八三円(ちなみに、原告の相続税の申告書に記載の寄付財産の価額は合計一〇億一九六三万二一二七円である。)が計上されている。

(四) 義男と原告は、昭和五一年三月一三日付けで本件土地三について借主を原告とする土地賃貸借契約を締結し、この賃貸借契約書が同日付けさつき幼稚園の「園地変更(増)届」に添付された。柳沢学園が本件各土地の使用収益を開始したのは平成六年三月以降であって(ただし、本件土地三のうち、本件建物の好子の持分に対応する敷地の利用関係は不明)、これ以前は、本件各土地は原告がさつき幼稚園及び北松戸さつき幼稚園の園地又は居宅部分の敷地として使用していた。

(五) 原告は、平成六年九月九日国税庁長官あてに、本件各土地及び園舎等を柳沢学園に対し平成六年三月二二日寄附した旨記載した措置法四〇条の規定による承認申請書に、「本来の提出期限は所有権移転登記日より三ヶ月(平成六年六月二二日)となりますが私の知識が至らず、…提出期限を超過してしまいました。」と記載した同年九月六日付けの遅延理由書及び柳沢学園代表者理事長好子名義の「承認申請書及び添付書類に記載された事項は、事実に相違ないことを確認します。」と記載した同年八月二九日付けの確認書を添付して提出した。措置法施行令二五条の一六第一項は「法第四〇条第一項後段の規定の適用を受けようとする者は、…申請書に当該申請書に記載された事項が事実に相違ないことを当該法人において確認した書面を添付して、当該贈与又は遺贈のあった日から三月以内…に…提出しなければならない。」と規定している。

(六) 原告は、平成四年度から平成六年度までの間、所有者として本件各土地について固定資産税及び都市計画税の減免申請をしていた。

2  前記第二の二1(一)の争いのない事実と右1で認定した事実を総合すると、原告も柳沢学園も平成三年五月二四日に本件各土地について贈与契約締結の意思があったものとは認められず、同日にされたものは将来の寄附の予約にすぎなかったものであり、実際の寄附は本件相続税の申告書の提出期限後である平成六年二月四日(本登記の日)又は同年三月二二日にされたものと認めるのが相当である。

3  これに対し、原告は、平成三年五月一二日付けの「寄付申込書」(乙三の1・2)及び同月二四日付けの柳沢学園理事会議事録(乙四)等を根拠として、本件寄付が同日にされたものと主張する。しかし、右主張は以下の理由で採用できない。

(一) 本件寄附により利益を受ける柳沢学園は、原告の主張する本件寄附の日以降も、本件各土地の増加を資産に計上せず、本件各土地を自ら使用し、又は賃貸するなどの使用収益をしていたとは認められないばかりか、本件各土地は平成六年三月二二日に寄附を受けたことに相違ない旨記載した確認書を作成するなどしている。

(二) 本件土地一~三は、平成三年五月一二日当時地目が山林であったもので、所有権の移転につき農地法上の制約を受けないものであったから、仮に右時点で寄附があれば即時に所有権移転登記が可能であったにもかかわらず、本件仮登記がされるにとどまっている。また、当時登記簿上の地目が畑であった本件土地七・八について原告が農地法四条一項五号に基づく農地転用届出書を松戸市農業委員会に提出したのは平成六年一月一七日のことであり、この時期まで届出をしなかった理由について合理的な説明がない。

(三) 前記1(一)のとおり義男作成名義の昭和六一年三月一九日付けの「寄付申込書」二通(甲一の1・2)が存在するが、義男の生前、この書面の内容に対応する資産の処理が行われたことをうかがわせる何らの証拠もない。

また、前記平成三年五月一二日付けの「寄付申込書」(乙三の1・2)及び同月二四日付けの議事録(乙四)や同日付けの「寄付受入書」(乙五の1・2)については、柳沢学園理事会の平成六年三月二二日付けの議事録(乙一二)の内容からうかがわれるとおり、平成三年五月当時本件各土地は原告が個人で経営するさつき幼稚園及び北松戸さつき幼稚園の園地として届出されていたから、本件各土地の寄附と右各幼稚園の経営の問題とは密接に関連していたのであって、平成三年五月の時点でこれらの問題を一挙に処理することはできず、正に本件仮登記の登記原因のとおり「寄附予約」をした書類であると認められるのである。したがって、右の書類をもって本件寄附契約が成立したとは認めることができない。ちなみに、平成六年三月二二日付けの議事録(乙一二)によれば、この時点で右各幼稚園の資産(評価額合計一一億三六七二万七〇〇〇円)及び負債(借入金九八一四万二四六〇円)の包括承継に関する「契約書」が理事会で了承されたことが認められる(乙一一、一三)。

4  このほかに、本件寄附が本件相続税の申告書の提出期限後である平成六年二月四日(本登記の日)又は同年三月二二日にされたという前記認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、原告は、本件寄付の成立は本件仮登記のされた時点に遡る旨主張するが、仮登記は権利の順位を保全するにすぎず、法律行為の時期が仮登記の時点であったことを擬制するものではないから、右主張は失当である。

5  よって、その余の点について判断するもでもなく、本件特例の適用をいう原告の主張は理由がない。

二  争点2について

1  証拠(甲一の1・2、乙一五~一七、一九~二四、二六の2・3)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件建物の建築工事は、昭和五一年五月ころ着工され、昭和五二年三月ころには完成した。本件建物には、昭和五四年三月八日以降好子及び原告の子である柳澤由紀子が、昭和五五年二月五日以降は原告の子である柳澤正俊が、昭和六一年八月一二日以降は原告が、それぞれ本件建物の所在地を住所とする旨の転居届をし、本件建物の居宅部分(二階及び三階)に居住し、本件土地三は右居宅部分の敷地としても利用されていた(なお、原告は、原告とその家族が昭和五四年二月から本件建物の居宅部分に居住してきた事実を認めている。この点に関し、原告は、本件建物のうち園舎部分は本件相続開始当時未完成であった旨主張するが、本件土地三の固定資産税が平成二年度から平成六年度までの間全額減免されていた事実(乙一七)に照らしても、本件建物が園舎として全く使用されていなかったものとは認めるに足りない。)。

(二) 原告は、さつき幼稚園の設置者として、千葉県知事に対して、昭和五一年三月一三日付けで、学校教育法施行規則二条及び五条に基づき、本件建物(ただし、当時の計画においては三階建て)一棟全体をさつき幼稚園の園舎として増築する(増築する建物の敷地面積九六五・一九m2、建築面積四七四・六〇m2)旨の「園舎増築届」(乙一六)及び本件土地三(届出の面積九六五・一九m2)を園地として追加する旨の「園地変更(増)届」(乙二六の2)を提出した。

原告は、さつき幼稚園の設置者として、千葉県知事に対して、本件異議決定に対する審査請求後の平成七年三月一〇付けで、前記施行規則二条及び五条に基づき、本件建物の二階及び三階部分を園舎から除くものとし(減少床面積三六五・一四m2)、変更の理由を「学校法人化のため見直しを行ったところ、現況に即さない部分の補正が必要となった」とする「校舎増減届」を提出した。

(三) 好子は、さつき幼稚園から、平成三年に八七五万円、平成四年及び平成五年に各一一二〇万円の給料・賞与(以下「給与」という。)の支給を受けていた(なお、平成二年以前に原告が行う幼稚園事業に関し好子が給与その他の金銭の支給を受けていたことを認めるに足りる証拠はない。)。

(四) 義男は、北松戸さつき幼稚園から、昭和五九年度及び昭和六〇年度に各六〇〇万円の給与の支給を受けたほか、昭和六一年一二月まで月額五〇万円の給与を支給されていた(なお、昭和六二年一月以降原告が行う幼稚園事業に関し義男が給与その他の金額の支給を受けていたことを認めるに足りる証拠はない。)。

(五) 本件土地一~三はさつき幼稚園の、本件土地四~八は北松戸さつき幼稚園のそれぞれ園舎敷地及び運動場として本件相続開始前から使用されており、本件相続開始時において引き続き本件各土地が右各幼稚園の園舎敷地及び運動場として使用されることは確実であった。

2(一)  法施行令二条は、本件規定を受けて、相続又は遺贈に係る財産につき相続税を課されない公益事業を行う者の範囲について規定しており、そのうち事業を行う者が個人である場合については、同条ただし書、一号において、同号所定の特別関係がある者に対してその事業に係る施設の利用、余裕金の運用その他その事業に関し特別の利益を与える事実がある場合を非該当事由としている。

(二)  右規定にいう「その事業に係る施設」の意義については、特にこれを明らかにした規定はないが、法律用語の解釈の常識に従い、当該事業が幼稚園事業である場合には、私立学校である幼稚園(以下「私立幼稚園」という。)の施設に関して規定した法規を参照してその意義を解すべきである。

私立幼稚園の施設・設備等に関して規定する法規としては、別紙二のものがあり、右規定を総合すると、都道府県知事は、私立幼稚園の監督・所轄庁として、私立幼稚園における教育内容を一定水準に維持確保すべき責務と権限を有し、これはそれ自体公益を目的とする行政作用であることはいうまでもなく、その一環として、私立幼稚園の園地・園舎・運動場その他直接保育の用に供する土地建物(以下「園地園舎等」という。)については幼稚園設置基準に則った一定の土地建物を教育用財産として保有しているか否かを監視監督する責務と権限を有するものとされているというべきであり、右債務を全うさせるために学校教育法施行規則二条一項二号の届出(以下「園地園舎等の届出」という。)の制度が設けられているということができる。そして、都道府県知事が設置認可後の幼稚園の園地園舎等のための資産の保有状況を把握する制度は右届出のみであるから、幼稚園の設置者は、その設置する幼稚園の園地園舎等について事実に即して園地園舎等の届出をすべき教育行政上の義務を負っているということができる。

この点について、原告は、園地園舎等の届出は予定の届出にすぎず、届出のみで届出財産が幼稚園の教育用財産となるものではないと主張するが、右に述べた園地園舎等の届出制度の趣旨によれば、届出は園地園舎等の取得又は処分に先だってすべきものと規定されてはいるものの、あくまでも事実関係に即して届けられるべきものであり、園地園舎等の取得・処分について予定の変更があった場合にはその旨の届出を速やかにすべきものであるから、右主張には理由がない。

(三)  他方、本件規定は、この規定において予定する公益事業の用に供される財産が公益の増進に寄与することに着目して設けられたものであることは議論の余地がないところであるから、この規定を受けて定められた法施行令二条一号にいう「その事業に係る施設」の意義についても、幼稚園事業については学校教育法施行規則二条一項二号により届け出られる財産をもってその内容とするものと解するのが相当である。

以上と見解を異にする原告の主張はいずれも採用できない。

3  1で認定した事実によれば、本件建物及び本件土地三は本件相続開始当時その全体について学校教育法施行規則二条一項二号に基づく園地園舎等の届出がされていた一方、好子及び原告の子らが本件建物の一部に居住し生活していたのであるから、原告は、その事業に係る施設を原告の親族等に対して利用させていたものであり、原告が行う事業に関し特別利益の供与を行っていたものというべきである。

この点に関し、原告は、原告は好子及び子らに対して扶養義務を負っているから本件建物の居宅部分をこれらの者が居住の用に供しても特別利益を供与したことにならない旨主張するが、本件建物をさつき幼稚園の施設として届け出た以上、原告は本件建物以外の建物を家族の居住の用に供すべきものであるから、扶養義務があるからといって右事実が特別利益の供与に当たらないとはいえない。

4  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告は法施行令二条ただし書、一号により、本件相続に係る財産につき相続税を課されない公益事業を行う者には該当せず、本件各土地について本件規定の適用を受ける余地はない。

これに対し、原告は、本件建物及び本件土地三と全く関係なく設置されている北松戸さつき幼稚園の園地である本件土地四~八については本件規定の適用がある旨主張する。しかし、法施行令二条は本件規定にいう「宗教、慈善、学術その他公益を目的とする事業を行う者」の範囲を定めた規定であり、非課税とされる財産の範囲を定めた規定ではないから、原告が法施行令二条ただし書、一号により、本件規定にいう「公益事業を行う者」に該当しない以上、本件相続にかかる財産のすべてについて本件規定の適用の要件を欠くものというほかない。したがって、原告の右主張は採用できない。

三  以上のとおりであるから、本件各処分を違法とする原告の主張はいずれも理由がなく、他に本件各処分を違法とすべき事由はない。

よって、原告の請求はいずれも理由がない。

(口頭弁論終結日平成九年八月二七日)

(裁判長裁判官 石川善則 裁判官 桐ケ谷敬三 裁判官 宮﨑謙)

別表一(課税処分等の経緯)

〈省略〉

別表二(被告主張に係る課税価格の明細表)

〈省略〉

別表三(本件土地の価額の内訳)

〈省略〉

別紙一 物件目録

一 所在 松戸市金ヶ作字大作

地番 一四五番一

地目 山林

地積 四〇八二m2

二 所在 同所

地番 一四七番一

地目 山林

地積 一九m2

三 所在 同所

地番 一四五番二

地目 山林

地積 一〇二九m2

四 所在 松戸市北松戸三丁目

地番 六番一

地目 学校用地

地積 六六七m2

五 所在 同所

地番 六番八

地目 学校用地

地積 二八m2

六 所在 同所

地番 六番九

地目 学校用地

地積 二四一m2

七 所在 同所

地番 六番一二

地目 学校用地

地積 二七九m2

八 所在 同所

地番 六番四

地目 学校用地

地積 四三三m2

九 所在 松戸市金ヶ作大作一四五番地二

種類 居宅 幼稚園 倉庫

構造 鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付四階建

床面積 一階 四五五・九六m2

二階 一五九・九八m2

三階 一七三・八七m2

四階 三一・二九m2

地下一階 一六六・七七m2

別紙二

学校教育法一条「この法律で、学校とは、小学校…及び幼稚園とする。」

二条一項「学校は、国、地方公共団体及び私立学校法第三条に規定する学校法人(以下学校法人と称する。)のみが、これを設置することができる。」

三条「学校を設置しようとする者は、学校の種類に応じ、監督庁の定める設備、編制その他に関する設置基準に従い、これを設置しなければならない。」

四条一項「…学校…の設置廃止…は、監督庁の認可を受けなければならない。」

三四条「私立の小学校は、都道府県知事の所管に属する。」

八二条「…第三四条の規定は、幼稚園に、これを準用する。」

一〇二条一項「私立の…幼稚園は、…学校法人によって設置されることを要しない。」

一〇六条一項「第三条…の監督庁は、当分の間、これを文部大臣とする。…」

学校教育法施行規則一条一項「学校には、その学校の目的を実現するために必要な校地、校舎…その他の設備を設けなければならない。」

二条一項「私立学校の設置者は、その設置する学校について、それぞれ次の事由があるときは、大学及び高等専門学校以外の学校については都道府県知事に対し、…その旨を届け出なければならない。…二 校地、校舎、運動場その他直接保育又は教育の用に供する土地建物(以下「校地校舎等」という。)に関する権利を取得し、若しくは処分しようとするとき…」

三条「学校の設置についての認可の申請又は届出は、それぞれ認可申請書又は届出書に、…校地校舎等の図面を添えてしなければならない。」

五条「学校の校地校舎等に関する権利を取得し、若しくは処分し、又は用途の変更、改築等によりこれらの現状に重要な変更を加えることについての届出は、届出書に、その事由及び時期を記載した書類並びに当該校地校舎等の図面を添えてしなければならない。」

七条の九「学校教育法…、学校教育法施行令及びこの省令の規定に基づいてなすべき認可の申請及び届出の手続その他の細則については、文部省令で定めるもののほか、監督庁が、これを定める。」

七四条「幼稚園の設備、編制その他設置に関する事項は、幼稚園設置基準…の定めるところによる。」

幼稚園設置基準八条三項「園地、園舎及び運動場の面積は、別に定める。」

附則三項(ただし平成七年二月文部省令第一号による改正前のもの)

「園地、園舎及び運動場の面積は、第八条第三項の規定に基き別に定められるまでの間、園地についてはなお従前の例により、園舎及び運動場については別表第二及び第三に定めるところによる。…」

附則別表第二(ただし平成七年二月文部省令第一号による改正前のもの)

「(園舎の面積)…」

附則別表第二(ただし平成七年二月文部省令第一号による改正前のもの)

「(運動場の面積)…」

私立学校法二条三項「この法律において「私立学校」とは、学校法人の設置する学校をいう。」

三条「この法律において「学校法人」とは、私立学校の設置を目的として、この法律の定めるところにより設立される法人をいう。」

四条「この法律中「所轄庁」とあるのは、…第二号…に掲げるものにあっては都道府県知事とする。一 私立大学及び私立高等専門学校 二前号に掲げる私立学校以外の私立学校…」

五条一項「所轄庁は、私立学校について…、次の各号に掲げる権限を有する。一 私立学校の設置廃止…の認可を行うこと。二 私立学校が、法令の規定に違反したとき…、その閉鎖を命ずること。」

二五条一項「学校法人は、その設置する私立学校に必要な設置及び設備又はこれらに要する資金並びにその設置する私立学校の経営に必要な財産を有しなければならない。」

二項「前項に規定する私立学校に必要な施設及び設備についての基準は、別に法律で定めるところによる。」

三〇条一項「学校法人を設立しようとする者は、…寄附行為について所轄庁の認可を申請しなければならない。…」

三一条一項「所轄庁は、前条第一項の規定による申請があった場合には、当該申請に係る学校法人の資産が第二五条の要件に該当しているかどうか…等を審査した上で、当該寄附行為の認可を決定しなければならない。」

附則一六項「学校法人…が有しなければならない施設及び設備に関しては、第二五条第二項…の規定にかかわらず、別に学校の施設及び設備の基準に関して規定する法律が制定施行されるまでは、なお従前の例による。」

附則一八項「第四条二号、第五条…の規定中私立学校には、当分の間、学校教育法第一〇二条第一項の規定により学校法人以外の者によって設置された私立の学校…を含むものとし、…」

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例